「中村さん、俺たち行かなくてはいけないところができました」陸が中村拓也に話しかけた。
「うん、聞いていたよ。」
「中村さんはどうしますか?。」
「私は、避難所や病院、警察などを回ってみようと思う。私と同じように生き残った人が必ずいるはずだから」
「体の方はもう大丈夫ですか?」
「うん、かなり回復してきたから、自分一人で動ける。もう大丈夫だよ。
恵美のことも、ちゃんとしてあげたいしね。」中村拓也は愛する彼女が横たわる方向に目を移しながら言った。
「そうですね・・・。」
「そうだ、これを持って行ってほしい。」中村拓也は無線機を陸に渡した。
「これは?。」陸が訊く。
「ちょっと改造したトランシーバーだ。高周波帯で使えるものだよ。僕も持っておくから、これで連絡を取り合うことができる。」
「わかりました。ありがとうございます。」陸は中村拓也にお礼を言ってトランシーバーを受け取った。
「高周波を使うには電力をかなり消費するから、バッテリーは3回分ぐらいで無くなると思う。充電できるところでこまめに充電するようにするんだよ。」
「はい。」陸は答えた。
中村拓也は立ち上がった。
「店主さん、これ頂きますね。ここにお金置いときます。」そう言うと
カウンターで亡くなっている店主の男性の横に1万円札を10枚ほど置いた。
「それでは行きます。」陸が言った。
「うん、ありがとね。気をつけて!」
「拓也さん!また会いましょう!!」咲良は手をブンブンと振りながら言った。
「うん。咲良ちゃんも元気でね!」
「はいっ」
咲良は陸の元へ歩み寄り、そして肩を並べて歩を進めた。
「まずは俺の家に寄るぞ。」陸が言った。
「どうして?」咲良は首を傾げながら訊いた。
「サバイバルに必要な道具を持ってくる」
「おーーーなんか本格的だね、そういえば陸の両親って自衛官だったっけ?」
「あぁ、そうだ。災害なんかがあったら、一番に駆け付けなきゃいけないからな。今頃大忙しなんじゃないか。」
「うん、きっと陸のお母さんとお父さんは生きてて、今頑張ってると思うっ!」
「そうだな・・いつも言ってたよ。災害が起こった時は、たくさんの人を守らないといけないから、陸のそばにいてあげれない。だから陸は一人でも生き抜く必要があるんだよってな。」それで、俺は子どもの頃からサバイバル術を徹底的に叩き込まれた。
「おーキャンプみたいでワクワクだねっ!」咲良は楽しそうにはしゃいでいる。
「あのなぁ・・・咲良はいつも楽観的だな・・・」陸の表情は憂鬱そうだ。
「えーそう?同じ事をするにしても、楽しく考えたほうがうまくいくんだよ!!これ咲良流哲学!恐れ入ったか!」咲良は胸を張って言った。
陸は大きなため息をついた。
陸は、自分の家に着くと、迷彩が施された大きなバックに、次々と物を入れていく。
咲良は「おー」と感嘆の声をあげながら、その様子を眺めている。
「よし、準備は出来たぞ。まずはルートを決めよう。」
陸はバッグのサイドポケットに差し込まれていた地図を抜き取り、広げた。
「携帯はまったく使えない。グーグルマップも使えないからな。まずは行く方向を確認するぞ。」
「うん。わかった。」咲良は陸が広げた地図を覗き込む。
「今の場所はここだ。」陸は広げた地図を指さしながら言った。
「うん」
「それで向かう先がここ、宇宙科学研究所。」陸は地図上で指を動かす。
「公共交通機関が使えない今は、歩いていくしかない。」
「うん。」
「歩いて3日ぐらいかかると思う。」陸の表情は険しい。
「えー電車で2時間くらいだよっ」咲良は驚きの声をあげて言った。
「できれば街中を避けていきたい。」
「どうして?」
「咲良が一緒だからだ。」
「ん?だからどうして?」
「咲良は聞いた事ないか?災害などが起こった時、レイプ事件が多発することを?」
「え...知らないよ。」咲良は思わず口から出た言葉を遮るように手を口にあてる。
「あまり報道されることがないからな。人間も動物なんだ。災害などで、種の保存が脅かされようと感じた時、人間は生殖本能が活性化する。」
「うわ最悪...」
「だから、できるだけ街中は避けていきたい。」
「ん?あれ?陸も男の子だよね...」咲良は腕を組んで少し考え込んだ。
「あっ...ってことはもしかして陸も私を襲いたいって思ってるのっ?」咲良は、後ずさるように陸と距離をとる。
「大丈夫だ、俺は咲良を女と見たことなど一度もない。」陸はきっぱりと答えた。
「うぁ!ひどっ」咲良は後ずさっていた歩を止め、逆に距離をつめる。顎を突き出し、陸を問い詰める。
「私だってね!最近は成長もすごいんだからねっ」咲良は胸の膨らみを強調するように手を下胸に添えて持ち上げる。普段はそう見えないのだが、きっと着痩せするタイプなのだろう。
もち上げられた胸はすごいボリュームを露わにしていた。
「うっ...」陸は思わず咲良の胸に釘付けになる。
「...ってどこ見てんのよっ」咲良は顔を真っ赤にしながら、思いっきり平手で陸の頬を叩いた。
「そっちが勝手に見せつけてきたんだろ...まったく...」陸は叩かれた頬をさするようにして言った。
「まぁいいわ...で、どの方角から行くの?」咲良は陸から背を向ける格好で腕を組んで言った。
「できるだけ都会は避けて山道を行く。
都会は火災やガス爆発などが起きる危険性がある。避けていくべきだ。」
「わかった。」咲良は頷く。
「よし。じゃあ行こうか。」陸は地図をたたんでバックのサイドポケットに突っ込み、そのバッグを背中に背負った。
「わかったわ。」
「でもちょっと待ってね。エレクトラにご飯あげるね。」
咲良はごそごそと自分のカバンの中を探るようなしぐさをすると、「えれくとらのえ~さ~!」といって、乾燥プランクトンと書かれた20センチ四方の箱を取り出した。
「ドラえもんかよ」陸はとりあえずお決まりの突っ込みで返す。
「えへへ」咲良は微笑を浮かべて、エレクトラの居るポシェットの蓋を開いた。エレクトラは狭い空間ではあるが優雅に泳いでいた。」
「エレクトラ、ごめんね。狭い所に閉じ込めちゃってて。はい、ご飯だよ。」
咲良は粉末状になっている乾燥プランクトンを指で少量つまんでエレクトラが入っているポシェットの中に優しく入れる。
さくらん、ありがとうびび
咲良の頭の中に直接響いてくるような声が聞こえた。
「ん?エレクトラ喋ったのか?」陸が咲良の喜んでいる顔を覗き込みながら言った。
「うんっ」
「エレクトラ~えらいよ~~」咲良はポシェットを撫でながら言った。
さくらん、森の道を進むんなら、犬や猫の動物に注意してびび。衝撃波の影響で凶暴化してるからびび。
「おぉ!!うん、わかったっ!エレクトラっありがとっ!」
「どんな会話をしてるんだ?」陸にはエレクトラの声は聞こえない。
「エレクトラがね、犬や猫なんかの動物が凶暴化してるから気をつけろって。」咲良が陸にエレクトラの言葉を伝える。
「凶暴化?衝撃波の影響か?」陸が訊いた。
「うん、そうみたい...」
「そうか...動物にも影響があるってことは、人間にも影響がでるのかもしれないな?」
「ぇえ!?人がゾンビ映画みたいに襲ってくるってこと??」
「いや、全てがそうなるわけではないのだろう。拓也さんはそういう影響を受けたようには見えなかったからな・・・」
「そうだね。」
「個人差があるのかもしれないな。気を付けて行こう。エレクトラありがとな。」陸は咲良が肩から下げているポシェットの中身に向かって言った。
「それではれっつごー」咲良が元気よく掛け声をあげて、玄関に向かう。
「おい、ちょっと待てって!」
慌てて、陸もその後を追った。